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東京高等裁判所 昭和29年(う)5130号 判決

被告人 鄭長玉

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

押収にかかる覚せい剤水溶液一瓶(横浜地方裁判所昭和二九年押第二五八号の一)、蒸溜水約五合入一斗瓶一個(同押号の二)、食塩一箱(同押号の三)、ナトリウム、カフエイン一瓶(同押号の四)、消毒用アルコール一瓶(同押号の五)、天秤一組(同押号の六)、カーバイトランプ一個(同押号の七)、金具付ホース一個(同押号の八)、箱入送風器一個(同押号の九)、ゴム製送風器一個(同押号の十)、木蓋付ガラス容器一個(同押号の十一)、包装用ちり紙一束(同押号の十四)、空アンプル三箱(同押号の十七乃至十九)は、孰れも之を没収する。

被告人の本件控訴は之を棄却する。

理由

検察官田中良人および弁護人遠藤徳雄の各控訴趣意竝びに同弁護人の答弁の趣意は、本判決末尾添附(省略)の各控訴趣意書(合せて二通)および答弁書に記載のとおりであるから、これを一括して判断する。

各所論に基いて記録および原判決引用の証拠その他原審取調にかかる各証拠を汎く精査審按するに、元来、覚せい剤は、その性能極めて敏速にして、その普及方法も比較的容易なるため、現在国民各層就中青壮年の男女多数の身心双面に着々障害墮落の悪影響を与えつつあり、従つて、その不法製造所為等に対しては厳正に判断の要あること検察官控訴趣意所論のとおりなるところ、本件において、被告人が覚せい剤を製造するに至つたのは、かねてから李某と称する身許不詳の者と共謀して、製品販売による利得の意図で、自宅に主文第二項掲記中にもみる如き覚せい剤類製造の用具および材料を取り揃えた上原判示日時に同判示種類数量の覚せい剤を製造したものであり、而も被告人方においては、家族は妻と子供三名(孰れも当時六才以下)のみなるに、右所為間近かに約八万円を投じて居宅を増築した事実等も認められる。斯ように本件犯行の性質、動機、態様(殊に製造数量の多額なる点)および被告人の生活状況その他諸般の事情を討究考慮するに、原判決において、被告人に対して懲役四月の実刑を科したことは、弁護人の控訴趣意や答弁の趣意にいうが如く量刑重きに過ぎるものにあらざるは勿論、むしろ、検察官の控訴趣意に主張の如く軽きに失するものあり、原判決は此の点において破棄を免れない。従つて、右弁護人の論旨は理由なく、却つて右検察官の論旨は理由がある。

そこで、被告人の本件控訴については刑訴法第三九六条により之を棄却し、検察官田中良人の本件控訴については、同法第三九七条第三八一条第四〇〇条但書により原判決を破棄した上更に判決する。

註 原判決の量刑は、被告人を懲役四月に処している。

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